東海道 富士登山

2008年3月16日(日) 11日目

<写真1 ロッカールーム>
・・・ 駿河健康ランドから由比へ 7.8km ・・・

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   ★駿河健康ランド→薩た峠★

 3月16日(日)朝6時過ぎ起床。夜中3時頃一度目が覚めたがほぼ熟睡できた。10畳ほどの和室に5名ほどが寝ておられた。和室を出て明るい休憩所で朝食のパンを食べ、設置してあったパソコンから自掲示板に投稿した。ロッカールーム<写真1>で着替え荷物をまとめ、フロントで深夜料金の精算をし、6:55駿河健康ランドを出発した。

 昨夜くぐった国道1号線をくぐる地下道を戻り興津川の浦安橋を渡った。JRの踏切を渡り、東へ向かったが看板に書いてあった通り、行き止まりだった。少し引き返し民家の間から崖斜面の法面につけられた階段を上がった。薩た峠への案内板や石碑があり、それに従って歩くと7:16墓地の所に着いた。

 ここには赤いストック<写真2>が置かれていたので一本借り、墓地の間の抜けて階段<写真3>を上った。階段の右側は崖となっており駿河湾がよく見えた。7:21薩た峠<写真4>に到着した。

<写真2 赤いストック>

<写真3 階段>

<写真4 薩た峠>
   ★薩た峠→由比宿★

 薩た峠の先、写真などでもよく見かける風景<写真5>があった。天気が良ければ安藤広重が描いた富士山が見えるはずだが、あいにくガスがかかっていたので富士山は確認できなかった。しかし山が迫った海岸線にJR東海道線や国道1号線、東名高速道路が併走している図柄を見ることができた。

 7:37道は駐車場に到着した。墓地のところで拝借した赤いストックを返した。駐車場からみかん畑の車道を下り歩くと、7:57民家の集落<写真6>が見えた。集落の間の道を歩き7:59由比町倉沢の一里塚跡<写真7>前を通過した。旧東海道沿いには鞍佐里神社や八阪神社、または寺院やプールなどがあった。

 歩道橋を渡り下りると白い犬がいた。さらに歩き8:28JR由比駅前を通過した。東海道線の線路へ下りる階段があった。線路への柵は手前にも向こう側にもなかった。「近くの踏切を渡って下さい」との看板はあったが、線路を横切る人がおられた。

<写真5 風景>

<写真6 民家の集落>

<写真8 由比本陣公園>

<写真7 倉沢の一里塚跡>

<写真9 東名高速高架橋をくぐる>
・・・ 由比から蒲原へ 3.9km 計11.7km ・・・

 旧東海道の両側に銀行があった。JR由比駅から遠ざかるが町の中心街に近づいているようだ。和瀬川の共進橋、由比川の由比川橋を渡り、8:56由比本陣公園<写真8>に到着した。東海道由比宿交流館が併設され、日本橋から三条大橋までの絵が飾られていた。

 9:16由比本陣公園を出発。旧東海道は東名高速高架橋<写真9>をくぐった。薩た峠を下ったところからずっと山が迫っているので小さな川が数多くあった。9:38JR蒲原駅前を通過。駅前の広場には無人の車が一台停まっているだけだったが、広場は「一次避難地」となっているようだった。

 10:02小さな芝生公園となっている蒲原宿西木戸に到着。旧東海道左折との標識があり左折<写真10>した。10:07うす緑色に塗装された旧五十嵐歯科医院前を通過した。大正時代の洋館で「国登録文化財」となっている。4本の水管が通る諏訪橋を渡り、10:21蒲原宿東木戸<写真11>を通過した。 

<写真10 東海道左折>

<写真11 蒲原宿東木戸>

<写真12 光蓮寺の白壁>
・・・ 蒲原から富士川橋へ 5.0km 計16.7km ・・・

 10:27小さな川の先を左折し、光蓮寺の白壁<写真12>を見ながら坂を上った。10:34東名高速を跨いだ。新坂橋というらしい。橋の上から見ているせいか?新幹線と比べるからか?高速道路を走る車の速度は速いとは感じなかった。高速道路と並行する道を下っていると向こうから来られた二人連れの方と話した。興津の駿河健康ランドに宿泊されるとのことなので手持ちの割引券を差し上げた。振り返ると荷物は旦那?が二つとも担がれ、歩調を合わされていた。ありそうであまり見ない光景である。

 10:46道は二股になっていて左へ進んだ。道は地上平面を走る東海道新幹線をトンネル<写真13>でくぐっっていた。新幹線が通るとどんな音がするのか聞きたかったがそのまま通り過ぎた。トンネルを過ぎ小さな川を渡ると道は北北西から北北東方向へ振れると進行方向正面に富士山が見えた。今日も突然のことだった。

 10:57小池橋を渡り、東名高速をくぐると、丘の上から富士山の全容<写真14>が見えた。道を何度か右左折し、11:22新豊院大観音大祭の屋台<写真15>が出ていた。さらに道を右左折しつつ歩いた。菜の花が咲き富士山が綺麗だった。さらに道を右左折しながら下り、11:33富士川の富士川橋<写真16>に到着した。  

<写真13 東海道新幹線下のトンネル>

<写真14 富士山全容>

<写真16 富士川橋>

<写真15 新豊院大観音大祭の屋台>

<写真17 畑の中の道>
・・・ 富士川橋から洋食工房へ 5.6km 計22.3km ・・・

 富士川の河川敷の向こうに見える富士山は雲もなく全容が見えた。期待通りでよかった。富士川橋を渡り切り、水神社の角を左折した。ここから旧東海道と別れ富士山麓の村山浅間神社へ向かう。これまで旧東海道またはその傍の道を歩いてきたがここからは制約はない。

 畑の中の道<写真17>、富士山は正面に見え続けた。雁スポーツ広場の先で車道と交錯し、12:07東名高速道路をくぐると、民家が並び梅が咲き残る水路沿いの道となった。12:18上堀橋に出て二車線道路と合流し、代信寺前を過ぎて12:43潤井川の龍厳橋<写真18>を渡った。上流を見ると溶岩がごろごろしていた。400年前の宝永噴火のときのものであろうか?

 12:49県道176号線に出た。富士急鷹岡本町バス停<写真19>があったが、今年(平成20年)4月7日をもって路線廃止となるとの「お知らせ」が貼られていた。県道を北西方向に歩き13:04「洋食工房」というレストランに到着し、オムライスランチを注文した。朝、パンを食べたきりで空腹だったからか、少々オムライス<写真20>は小ぶりに思えた。

<写真18 龍厳橋上流>

<写真19 富士急鷹岡本町バス停>

<写真20 オムライス>
・・・ 洋食工房から代立寺へ 3.2km 計25.5km ・・・

 13:35「洋食工房」を出発。古川橋を渡り、建設中の第二東名高速道路富士高架橋(仮称)をくぐった。13:50歩道橋<写真21>が道路を斜めに架けられていた。交通量はさほど多くない。近くに天間小学校があった。小学生のためのものだろう。13:55田代橋を通過した。とにかく小さな川と橋が多かった。

 14:00富士宮市<写真22>に入りすぐ左折し、JR身延線の踏切<写真23>を渡った。このあたり潤井川と平行する道路は北西−南東方向(\)の方向で富士山を周回しほぼ平坦であるが、それを直交する北東−南西方向(/)の道では、富士山に向かうので上りとなっている。14:16小泉権現交差点(手持ちの高度計で140m)を通過した。国道139号線であるので交通量が多い。14:23若宮南交差点で国道139号線と分かれ左折し、14:30小泉郵便局と代立寺の角に到着した。

 出発前に歩くルートは考えていた。予定ではこの先を真っ直ぐ歩き、富士根南公民館のところで右折と考えていたが、代立寺から道は下っていた。上り返すのがもったいないと思ったので、この角で右折した。代立寺沿道の梅は満開<写真24>だった。

<写真21 歩道橋>

<写真22 富士宮市入り>

<写真24 梅満開>

<写真23 JR身延線の踏切>

<写真25 地下道>
・・・ 代立寺から村山浅間神社へ 6.2km 計31.7km 累計368.0km・・・

   ★代立寺→「村山道」石碑★

 14:40道は国道139号線を地下道<写真25>でくぐっていた。車一台分の幅なので車や自転車は道を譲り合っておられた。地下道を抜け富士根南中の横を通った。校門の柱の色は薄いエメラルドグリーン(青薄緑色)だった。富士川橋の塗装色もそうだった。このあたりのイメージカラーなのだろう。

 14:58深沢商店前(手持ち高度計で225m)を通過し、さらに灌木や林の中の道を歩いた。自分の現在位置が地図上で捕捉できているか不安があったが、15:15車道(手持ち高度計で285m)<写真26>と合流した。車道にはオレンジ色のセンターラインが引いてあったが車はほとんど通らず、道路の左手はお茶などの畑<写真27>となっていた。

 15:33富士市との市境標識(手持ち高度計で340m)を見ながらさらに上った。正面に見える富士山は林の中に隠れたり、林の上に白い頂上部を見せたりした。15:42お地蔵様(手持ち高度計で405m)<写真28>のところを右折し、さらに緩やかに上ると分かれ道に出た。右の道は道幅が広く平坦で本線のようだった。左の道は幅が狭く上っていた。手持ちの地図ではどちらの道へ向かうべきかはおろか現在地も確信はなかった。近くに誰かおられれば道を尋ねるのであるが、人の姿も車の見かけなかった。道は富士山麓に向かって上っているはずなので道幅が狭いが左の道を上ったことにした。

 幸い、道は繋がっていて、広くはないが車が通るような道となった。16:00人家や畑があり何軒かの集落(手持ち高度計で425m)に到着した。畑に人がおられたので村山浅間神社への道を尋ねた。この道は田子の浦から繋がる村山古道で「村山道」との石碑<写真29>が畑のコンクリート壁面に埋め込まれていた。

<写真26 車道と合流>

<写真27 茶畑と富士山>

<写真28 お地蔵様>

<写真29 「村山道」石碑>
 ★「村山道」石碑→浅間神社→富士登山道石畳村山口★

 集落を過ぎると「村山道の道標」があり、神社のような建物(手持ち高度計で450m)<写真30>があらわれた。確かに村山古道である。杉林の道を過ぎると、牛舎があり鎖に繋がれた犬に吠えられた。16:22高架道路(富士南麓道路)の下をくぐり、16:25村山浅間神社(手持ち高度計で525m)<写真31>に到着した。

 石段を上った。石鳥居をくぐり大きな杉のある広い境内奥の本殿を参拝した。日の入りまで1時間余りである。富士山にはまだ雲がほとんどかかっていない。好条件なので夕陽に染まる赤富士を見る(撮影する)ため、待つことにした。日没まで時間があるので、次回歩く村山道を確認することにした。

 神社境内から石段を下り神社西側の車道<写真32>に出た。車道西側には「村山口」と彫られ紙垂がかかっている石碑があり、石畳の道<写真33>が続いていた。この村山道登山道を歩いた。この道は数年前から地元のボランティアや中学生が総合学習などで整備してきたとのことである。

 石畳の道は途中から石畳はなくなり杉林の間の道や熊笹に覆われた道となり、アスファルトの車道と合流した。左右に家屋があるアスファルトの車道を上っていくと、16:55「富士登山道石畳村山口」(手持ち高度計で585m)<写真34>との標識があった。ここからが車道と分かれ山道となるようである。携帯iモードの「海山ざんまい」というサイトによると、この地点のGPSによる位置は北緯35°15’53”、東経138°40’16”だった。村山口登山道が、ずっと携帯iモードの圏内ならこのサイトは便利いいが、ほとんど人が通らなく樹林の中、電波状態に不安がある。ハンディGPSを用意した方が良いかも知れない。 

<写真30 神社のような建物>

<写真31 村山浅間神社>

<写真32 神社西側の車道>

<写真34 富士登山道石畳村山口>

<写真33 石畳の道>

<写真35 畑の中の塚>
    ★帰路★

 村山口への入口を確認したので村山浅間神社へ戻った。まだ明るい。村山神社の向かいの山本商店の自販機でコーラを購入した。村山神社周辺では富士山は見えなかったので西の方へ移動した。少し歩くと視界が開け、畑の向こうに富士山がよく見えた。

 畑の中に塚<写真35>があった。畑の中を回り込んでみると3mほどの高まりに向かって石段が設けられていた。石段を上り、日の入りの時刻まで墓石の建つ塚で西の空や富士山<写真36>を見ながら時間が経つのを待った。

 塚の上では時間が経過するにつれ風が強まってきた。汗が引き寒くなってきたのでレインウェアを着用し、手持ちのパンを食べた。西の方角へ飛行機が飛び去り飛行機雲を残していった。太陽は17:40西の空の雲の中に沈んだ。あたりは陽があたらず暗くなっていったが富士山の白い山頂部には陽があたり、ほんのり赤く染まっていた。赤富士<写真37>である。

 一頻りの撮影を終え、歩いてきた道沿いにあったタクシー会社(鷹岡タクシー)に電話し配車を依頼し、村山浅間神社前の山本商店<写真38>で待った。自販機で熱い缶コーヒーを購入しベンチに座り待つと30分ほどで車がやってきた。この間、人も車も通らなかった。タクシーは30分足らずでJR新富士駅<写真39>に到着。京都市内までの乗車券と新幹線自由席券を購入したあと、駅南側の「来富庵」というそば処で「鴨南そば」を食べた。JR新富士駅19:42発こだま579号に乗り、JR浜松駅でひかり385号に乗り換え、JR京都駅に21:59到着。奈良線ホームに急ぎ、22:04発に乗車し22:28JR宇治駅に到着した。

    村山浅間神社

<写真36 富士山>

<写真37 赤富士>

<写真38 山本商店>

<写真39 JR新富士駅>
2008.3.16(日)の会計 金額
駿河健康ランド深夜料金 1050円
洋食工房
オムライスランチ
840円
コカ・コーラ 150円
缶コーヒー 120円
タクシー、村山浅間神社→JR新富士駅 4880円
JR新富士→JR京都市内、新幹線自由席 10070円
京都市内→JR宇治、乗り越し 190円
17300円
累計 132417円
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2008年4月27日 記


           
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