東海道 富士登山

2007年4月21日(土) 4日目
関西本線12番ホームへ
<写真1 関西本線12番ホームへ>
・・・ 富田浜から桑名・七里の渡跡へ 11.5km ・・・
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   ★JR富田駅へ★

 2007年4月21日(土)JR宇治駅8:15発の快速に乗車し、8:32JR京都駅到着。奈良線ホーム先の新幹線改札前の切符自動販売機で「宇治→京都」の乗車券を「宇治→富田浜」に変更し「京都→名古屋」の自由席特急券を購入した。

 新幹線改札を通りエスカレーターで2階ホームに上がり発車ベルが鳴っている8:35発のひかり404号に乗車した。乗った自由席車両は8割方埋まっていた。2列席はほぼ満席で3列席は中央が空いていた。定刻の9:11JR名古屋駅に到着。新幹線改札を出てすぐの関西本線12番ホームへ<写真1>上がった。

 ホームでは数人の方々が列を作っておられた。しばらく待って到着した折り返し車両に乗車し快速みえ1号は9:30出発した。JR桑名駅で快速から普通に乗り換えて、10:02富田浜駅到着した。2両編成の普通電車の先頭車両で乗車券を渡し下車し、普通電車<写真2>を見送った。
関西本線普通電車
<写真2 関西本線普通電車>
富田浜町21
<写真3 富田浜町21>
富田小学校前
<写真4 富田小学校前>
   ★JR富田駅→朝日町★

 JR富田駅前の富田浜町21<写真3>から歩き始めた。10:10旧東海道に合流。十四川を渡った。桜の名所の十四川を渡り、富田小学校前<写真4>を通過。校門の前には東海道の石碑があった。

 10:24JR富田駅への分岐角を通過。「ここは海抜1.7M」との富田地区連合自主防災隊のプレートがあった。大地震の際の津波や台風などの際の高潮には要警戒いうことであろう。近鉄名古屋線・三岐鉄道の高架下をくぐり、東海道看板のところ右折。10:38JR関西本線の踏切を渡り三岐鉄道の高架をくぐった。このあたりはJR、近鉄、三岐鉄道の線路が交錯している。

 10:54朝明川<写真5>の朝明橋を渡り朝日町に入った。向こうから歩いて来られた二人の方に道(旧東海道)を尋ねられ、手持ちの地図を見せた。その先に真新しい木製のベンチ<写真6>があり、高速道路を眺めながら腰掛けた。少し歩くと11:10道が直角に折れ曲がっていた。<写真7>折れ曲がり方がいかにも東海道らしく思えた。
朝明川
<写真5 朝明川>
木製のベンチ
<写真6 木製のベンチ>
伊勢朝日駅前の踏切
<写真8 伊勢朝日駅前の踏切>
直角に折れ曲がる
<写真7 直角に折れ曲がる>
町屋橋常夜燈
<写真9 町屋橋常夜燈>
   ★朝日町→桑名市★

 11:28伊勢朝日駅前の踏切<写真8>が降りていて近鉄特急が通過した。前方に小さな橋が見えた。そこを右に曲がり国道1号線に合流し、町屋桜広場の横を通って11:42町屋橋を渡った。橋を渡ったところに「町屋橋のうつりかわり」の案内板があった。町屋橋は寛永12年(1635)に架けられ、明治8年(1875)、昭和7年(1932)、昭和61年(1986)と架け替えられたりその間も改修されてきたとのことである。

 少し歩くと町屋橋常夜燈<写真9>があり、川の方へ少し戻って町屋橋跡に立ち寄った。そこは今の町屋橋が眺められる場所で7人の方々がお弁当を広げておられた。

 国道258号線と交差するところに地下道があった。国道258号線は高架となっていたので交通量が少ない。「歩行者の方は地下道を利用して下さい。」との案内標識もあったので11:53地下道<写真10>をくぐった。蛍光灯がいくつも点灯していた。よくありがちな落書きなどは見かけなかった。
地下道
<写真10 地下道>
とくとくメニュー
<写真11 とくとくメニュー>
矢田立場跡の火の見櫓
<写真12 矢田立場跡の火の見櫓>
・・・ 桑名から中島駅へ 19.5km 計31.0km 累計141.1km・・・

   ★桑名・七里の渡跡にて★

 お昼を過ぎた。12:08道の右側にあった玉屋食堂に入りとくとくメニュー<写真11>の親子丼、ミニうどん、サラダのセットを注文した。4人掛けのテーブルが5つとカウンター席があり、仕事の昼休みのような客が他に4人おられた。

 玉屋食堂を12:36出発。12:38矢田立場跡の火の見櫓<写真12>の角を右へ曲がった。国道1号線を横断し、角をいくつか右へ左へと曲がりながら北東方向へ向かい桑名市博物館を経て、水路に沿って整備された遊歩道<写真13>を歩いた。この遊歩道は東海道を表しているようで途中に富士山<写真14>があり終点は日本橋だった。春日神社への参道を過ぎると割烹料理店が目につくようになった。名物のはまぐりを出しているようである。

 13:17七里の渡跡<写真16>に到着。かつて、ここから名古屋市熱田区の宮までの七里(28km)は舟渡しであった。大きな鳥居は天保年間に建てられた伊勢神宮の「一の鳥居」<写真15>であることや昭和34年(1959年)の伊勢湾台風後の高潮対策で防波堤が設けられたとのことである。
東海道遊歩道
<写真13 東海道遊歩道>
富士山
<写真14 富士山>
七里の渡跡
<写真16 七里の渡跡>
伊勢神宮の「一の鳥居」
<写真15 伊勢神宮の「一の鳥居」>
堤防の道
<写真17 堤防の道>
   ★七里の渡跡→伊勢大橋★

 今は二つの宿場を繋ぐ海路はない。ここからJRや近鉄の桑名駅まで戻って名古屋市熱田区の宮宿付近の駅まで電車に乗ることも考えたが、歩き通すこととし、七里の渡し跡から揖斐川に沿って堤防の道<写真17>を上流へ歩き出した。

 揖斐川は穏やかな水面で流れを感じない。河口が近いからか、雨が降ってないので流量が少ないから、川幅が広く流れがあまりに遅いからだろうか。防波堤の向こうに鉄材や土砂、ブロック塊などが積まれトラック<写真18>が行き来していた河川敷を広げる工事?をされていた。

 車道出口のところに立っておられた警備員の方から「伊勢に行くにはこの道でいいのだろうか?」ときかれた。ドライバーの方から道をきかれたらしい。手持ちの地図はこの付近だけのものなのでよくわからない。伊勢への方向は下流の方向であろうが、高速道路を利用するならもっと内陸の方ではないか?ここの者ではないのでよく知らないと答えた。
河川敷のトラック
<写真18 河川敷のトラック>
伊勢大橋歩道
<写真19 伊勢大橋歩道>
田んぼ
<写真20 田んぼ>
   ★伊勢大橋→弥富★

 堤防は国道1号線と交差し、13:44揖斐川と長良川に架かる伊勢大橋歩道<写真19>を渡り始めた。歩道は車道と完全に分離されているので安心であった。途中、自転車の方がやって来られた。ツーリングされているようで荷物が大きい。端で避けて通ってもらった。あと中学生ぐらいの集団が三台抜かしていった。歩きの人とは出会わなかった。揖斐川と長良川の間の中州には芝生が植えられ池や噴水があった。この橋を渡り終えるのに15分かかった。

 田んぼ<写真20>があった。右半分は苗が植えられていたが左半分にはなかった。収穫時期をずらしておられるのだろうか?東名阪道と伊勢湾岸道方面への押付交差点を過ぎさらに歩き、14:36尾張大橋西詰に到着。ここにはなぜか東海道の石碑があった。木曽川を渡る尾張大橋からは、モーターボート遊びをされていたりアサリ捕りをされている姿を見た。季節は春から夏に向かっている。橋のなかほどで県境を越え、愛知県に入った。黄色い「三重県 境」<写真21>の裏は「愛知県 境」となっていた。

 尾張大橋を渡り終えてしばらく歩くと金魚の看板をいくつも見かけた。5〜10m四方の池<写真22>がいくつもあった。この弥富周辺は金魚や鯉の生産地だそうである。
黄色い「三重県 境」
<写真21 黄色い「三重県 境」>
5〜10m四方の池
<写真22 5〜10m四方の池>
ジェット機
<写真24 ジェット機>
花壇
<写真23 花壇>
天然温泉テルマ55
<写真25 天然温泉テルマ55>
   ★弥富→蟹江★

 道路脇の花壇<写真23>が整備されていた。歩道と車道の間が広い。車線を拡張する準備だろうか?桑名・四日市方面と名古屋方面を結ぶ道は他にも何本もあるようであるが?15:58善太川を渡り頭上を見上げるとジェット機<写真24>が飛んでいた。

 16:14天然温泉の看板があった。手持ちの地図によると七里の渡しを出て11km歩いていた。変化の少ない国道歩きで名古屋市に入り今日の行程を歩き終えるのももったいない感じがしたので、天然温泉テルマ55<写真25>に入浴した。サウナに入りさらに汗をかき汗を流した。入浴後、軽食を取り17:20出発した。

 国道を5分ほど歩いたところでストックを忘れたことに気付いた。取りに引き返し、17:33再出発した。蟹江新田歩道橋<写真26>には「交通事故死ストップ・ザ・ワースト」とあった。国道を渡る必要が生じた場合、歩道橋を渡ろうとは思わないし高齢者の方々も同様の思いだろう。横断歩道はない。
蟹江新田歩道橋
<写真26 蟹江新田歩道橋>
名古屋市入り
<写真27 名古屋市入り>
ヘッドライトへ
<写真28 ヘッドライトへ>
    ★蟹江→あおなみ線中島駅★

 17:48日光大橋を渡り、高架橋となっている県道66号線をくぐり、佐屋川を渡った。佐屋川は蛇行していた日光川の旧流路のようである。佐屋川と隣り合う蟹江川を渡り、少し歩き18:17名古屋市に入った<写真27>。

 かなり暮れてきた。車はスモールランプからヘッドライトへ<写真28>変えつつあった。18:40戸田川<写真29>を越えた。車は高架橋に上がるが歩道はまっすぐだった。国道302号線とのかの里東交差点で大きな歩道橋<写真30>に上がった 。国道1号線を東進し、三日月橋を渡った。橋からの緩やかな下りでは車のライトや建物の照明など夜景が綺麗だった。19:16一色大橋<写真31>を渡ると、大きな建物や高層ビルが増えてきて街が密になった感じがした。

 市街地をさらに東へ歩き19:55あおなみ線中島駅到着。今回はここで歩き終えることとし名古屋駅までの切符を購入した。自動改札を通り階段で2階のホーム<写真32>に上がると、電車が入ってきた。名古屋で一旦、改札を出て、近くで夕食をとり新幹線で京都駅経由で帰宅した。

    あおなみ線中島駅
戸田川
<写真29 戸田川>
かの里東歩道橋
<写真30 かの里東歩道橋>
あおなみ線ホーム
<写真32 あおなみ線ホーム>
一色大橋
<写真31 一色大橋>
2007.4.21(土)の会計 金額
JR宇治→JR富田浜 3260円
新幹線自由席京都→名古屋 2410円
玉屋食堂、とくとくメニュー 850円
テルマ55、入浴料 500円
ロッカー代 10円
おでん、ビール 1000円
あおなみ線、中島→名古屋 230円
JR乗車券、自由席特急券、名古屋→京都 4930円
JR京都→JR宇治 230円
13420円
累計 25435円
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2007年4月30日 記


           
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