東海道 富士登山

2007年3月17日(土) 3日目
駐車料金投入箱
<写真1 駐車料金投入箱>
・・・ 関から亀山へ 5.8km ・・・
                          東海道写真集へ
   ★JR関→東の追分★

 2007年3月17日(土)7:55自宅を自動車で出発。宇治東ICから京滋バイパス・名神高速道路を経て栗東ICで下りた。そして国道1号線に入り鈴鹿峠を越えて、9:30前回区切り終えた三重県のJR関駅に到着した。道の駅・関宿にとめれば無料のようだがJR関駅に隣接した1日300円の有料駐車場にとめることにした。

 駅改札横に駐車料金投入箱<写真1>があったが、小銭がなかったので隣のレストランで300円を支払い、9:38JR関駅を出発した。

 国道1号線を横断し旧東海道に戻った。前回は夕暮れ時で歩いている人の姿を見なかったが、今回はお店の方や観光の方など見かけた。電柱がない町並みを東に向かって歩いた。関宿の街道は東へ傾斜していたので関宿の町並み<写真2>を見下ろすことができた。町並みをしばらく歩くと関宿の東の追分<写真3>に到着し、9:56国道1号線とゆるやかに合流した。
関宿の町並み
<写真2 関宿の町並み>
東の追分
<写真3 東の追分>
東名阪道をくぐる
<写真4 東名阪道をくぐる>
   ★東の追分→亀山★

 国道1号線を横断し9:58JR関西線の踏切を越えた。この道は車がほとんど通らない鈴鹿川沿いの快適な道だった。10:08東名阪道<写真4>をくぐった。その先の神辺小学校向かいの鈴鹿川土手には黄色い菜の花が咲き、河川敷では数人の方々がゲートボールをされている長閑な光景であった。

 10:20JR関西線をまたぐ跨線橋<写真5>を越えた。さらに旧東海道を歩き、布気神社を経て、10:37大きな椋の木がある野村一里塚<写真6>を通過し、亀山宿の西町に入った。沿道民家の軒先にはここが西町であることやかつての屋号を記した屋号木札が掲げられていた。10:54ベンチのある公園があったのでそこで休憩し地図を確かめた。城下町なので道が入り組んでいて旧東海道もいくつの角を曲がるように続いていた。ベンチ公園は高台になっているので亀山市内<写真7>を見下ろすことができたが街道は見えなかった。

 10:58ベンチを出発し階段を下りた。地図通り警察署のところを右折し亀山宿東町へ<写真8>入った。東町は商店街を形作っていて亀山市の繁栄街のようだった。第三銀行のところで左折し本町に入った。本町にも西町や東町と同様に屋号木札があった。しばらく続いた亀山宿を過ぎ、11:23カメヤマローソク工場前通過した。
跨線橋
<写真5 跨線橋>
野村一里塚
<写真6 野村一里塚>
東町へ
<写真8 東町へ>
ベンチより亀山市内
<写真7 ベンチより亀山市内>
ファミリーマート
<写真9 ファミリーマート>
・・・ 亀山から庄野へ 7.8km 計13.6km・・・

   ★亀山→和泉橋★

 ファミリーマート<写真9>があったので11:26に入店し、トイレを借り野菜ジュースを購入。駐車場の縁石に腰掛け飲んだ。11:30ファミリーマートを出発しさらに東へ向かった。11:40白壁を越しに白木蓮<写真10>が咲く石上寺前を通過した。

 11:53国道1号線亀山バイパスをくぐり、12:00国道1号線を横断した。国道には横断歩道はなく歩道橋が架けられていたが、信号で車が停まっていたので横断した。そしてJR井田川駅前を通過し、12:10JR関西線の踏切<写真11>を渡った。たくさんの蕾を蓄えた大きな桜の木を見ながら安楽川の堤防へ上がり、12:25和泉橋<写真12>を渡った。橋上からは鈴鹿の連なる山々が見渡せ、その右(北)側が白くなっているのも見ることができた。

 橋の上で一人の方とすれ違った。「東海道ですか?」と尋ねると「四日市から亀山までの日帰りです。」ということだった。僕もここまで毎回日帰りであるが「東海道ですか?」ときかれると躊躇なく「はい。」と答える。同じことをしていても思いによって答えも変わってくるということだろう。
白木蓮
<写真10 白木蓮>
関西線の踏切
<写真11 関西線の踏切>
和泉橋
<写真12 和泉橋>
   ★和泉橋→庄野★

 安楽川を越えた先の旧東海道沿いには川俣神社が3つあった。地図を見るとこのあたりで鈴鹿川と安楽川が合流しているので、過去に河川の増水や洪水が何度もあったのだろう。神社は河川の静穏を願うものなのだろう。12:49国道1号線をくぐり<写真13>、さらに県道のトンネルをくぐって12:57庄野宿へ<写真14>入った。

 13:05本陣跡の先にある庄野宿資料館<写真15>に入った。中におられた方が出てこられ説明して下さった。庄野宿は東海道で最も新しい(1624年設置)宿場町だというや当時211戸850人ほどだったこと、また”定”や”条々”など、条文の文字をニカワ塗りした高札や当時使われていた駕籠など様々なものが展示してあり丁寧に説明して頂いた。

 13:25庄野宿資料館を出発。庄野宿を抜けたところで東京方面から来られた方と話しをした。その方は滋賀県在住であるが東京から歩かれており17日目だということや箱根と日坂がきつかったことなど話された。よく日に焼けておられくちびるの皮がむけておられた。
国道1号線をくぐる
<写真13 国道1号線をくぐる>
庄野宿へ
<写真14 庄野宿へ>
旧東海道へ
<写真16 旧東海道へ>
庄野宿資料館
<写真15 庄野宿資料館>
石薬師の一里塚跡
<写真17 石薬師の一里塚跡>
・・・ 庄野から石薬師へ 2.7km 計16.3km・・・

   ★庄野→石薬師★

 13:35国道1号線と合流し、しばらく国道を歩いたが13:50旧東海道へ<写真16>入り、国道1号線を狭い歩道トンネルでくぐって田園の道をJR沿いに歩いた。

 14:00石薬師の一里塚跡<写真17>を通過。その時ちょうど関西線の電車も通過した。14:07石薬師寺<写真18>に到着。境内に入り本堂への参道を進んだ。本堂前の水屋には参詣の方がおられ掃除道具を持参され水屋をゴシゴシと洗われていた。その姿を見て般若心経を唱えたくなった。
 2年余り要した四国の時に本堂や大師堂で何度も般若心経を唱えたがついに最後まで暗唱できずまわり終えてしまったがいつしか暗唱できるようになった。この時も般若心経を読経した。

 14:11石薬師寺を出発。国道1号線を越える瑠璃光橋<写真19>を通過した。橋の色が瑠璃色(水色)なのは珍しい。石薬師宿では佐佐木信綱記念館、小沢本陣跡などを見た。小沢本陣跡では東京から20日目の方と話しをした。荷物はいつも宿舎(この時は四日市のホテル)に預けていて日中歩くときはいつも手ぶらだそうである。 
石薬師寺
<写真18 石薬師寺>
瑠璃光橋
<写真19 瑠璃光橋>
レストランミヤコ
<写真20 レストランミヤコ>
・・・ 石薬師から四日市へ 10.7km 計27.0km・・・

   ★石薬師→杖衝坂★

 石薬師宿からの旧東海道は国道1号線と合流、14:36レストランミヤコ<写真20>に入った。亀山宿を出てから沿道沿いに適当な店がなかったので昼食を食べ損ねていた。メニューを見てミックスフライ定食を注文し、靴と靴下を脱ぎ休憩した。

 遅い昼食後15:11レストランミヤコを出発。店の前の国道1号線を渡り再び旧東海道に<写真21>入った。その旧東海道もしばらくで国道1号線と接した。そしてすぐに国道から分岐する道があったので、その道が旧東海道と思い入ってしまった。しかしその道は国道と次第にずれ細くなっていった。旧東海道は国道などと比べると狭いが細い小道でなはい。かつてはメインストリートだったのでそれなりの風格がある。歩いている道が旧東海道でないことはわかってきたがしばらくその小道を歩き、県道8号線に出たところで左折して旧東海道(国道1号線)に復帰した。

 15:41”坂の上”バス停を通過した。国道1号線はそこから下っていたが旧東海道は下っていなかった。路上に猫が7匹<写真22>いた。横を通り過ぎたが猫たちは逃げなかった。歩いている旧東海道の平坦な部分は終わり急坂となった。杖衝坂<写真23>というらしい。平坦な道が長く続いただけに下りは急だった。
再び旧東海道
<写真21 再び旧東海道>
猫7匹
<写真22 猫7匹>
花壇
<写真24 花壇>
杖衝坂へ
<写真23 杖衝坂へ>
国道1号線399.3kポスト
<写真25 国道1号線399.3kポスト>
   ★杖衝坂→四日市★

 杖衝坂を下り終え国道1号線と合流。さらに国道をくぐり花壇<写真24>のある公園を経て16:06内部橋を渡り国道と分岐した。16:30近鉄内部線の追分駅前の線路を渡った。いくつも歩いて線路を渡ったので狭軌であることは一見してすぐにわかった。16:36国道1号線に接し399.3kポスト<写真25>通過した。京都山科では480k台だったが390k台にまでなっていた。このあたりの旧東海道にはいくつもの神社や寺院があり、その様子は滋賀県大津と似ていた。16:52西唱寺の横にベンチが置かれていたのでそこでしばし休憩した。

 17:01天白橋<写真26>を渡った。太陽はすっかり西に傾き、橋の手摺りの影が長く伸びていた。17:11鹿化橋を渡り、17:23近鉄名古屋線の高架<写真27>をくぐった。電車が通るところを撮影したかったが、両側に建物があるため電車はふいに来る。チャンスを逃した。

 近鉄高架を越えしばらくで近鉄四日市市駅への分岐を17:31過ぎた。高層の建物が目に付くようになり市街地の様相となるなか、ビルの谷間の表参道スワ栄<写真28>というアーケードの商店街に入った。商店街通りが旧東海道であるようで、このようなパターンは水口など多数あるようだ。
天白橋
<写真26 天白橋>
近鉄高架橋
<写真27 近鉄高架橋>
表参道スワ栄
<写真28 表参道スワ栄>
・・・ 四日市から富田浜へ 5.0km 合計32.0km 累計110.1km・・・

   ★四日市→三滝橋★

 アーケードの商店街を抜け17:36諏訪神社<写真29>前に出た。広そうな境内で鳥居は青緑色をしていた。銅製のようだ。諏訪神社前の国道を渡り四日市市街の旧東海道を歩いた。国道1号線沿いには高いビルがあるが、旧東海道沿いなど一筋入るとせいぜい二階建ての家屋が続いていた。

 通り沿いの陶器店が店じまいされていた。店頭にお茶碗や湯飲み、お猪口などを積まれ、持っていっていい。との案内があった。その品々を撮影し記録しようと思ったが、気が引けてしまい撮影できなかった。

 17:45三滝川の三滝橋<写真30>を渡った。橋の欄干は凝ったつくりでもう少し時間が経つと照明が灯るのだろう。橋の上から海の方を見るとコンビナートの煙突が数本見えた。そして鈴鹿山脈の方を眺めると山の端に遠い雲が見えた。これから夜にかけて鈴鹿山脈からの冷たい吹き下ろしは北西の季節風と相まってさらに強まる様子だった。この日は一日中ほぼ快晴で撮った写真にほとんど雲は写っていなかった。
諏訪神社
<写真29 諏訪神社>
三滝橋
<写真30 三滝橋>
三ツ谷一里塚
<写真32 三ツ谷一里塚>
海蔵橋
<写真31 海蔵橋>
暮れゆく国道
<写真33 暮れゆく国道>
   ★三滝橋→JR富田浜駅★

 三滝橋、さらに17:48海蔵橋<写真31>を渡り、公園になっている三ツ谷一里塚<写真32>に出た。18:06暮れゆく国道<写真33>は車が渋滞していて信号が青になっても動かなかった。歩く速さとさして変わりない。旧東海道は国道1号線の南側から北側に変わるので信号を渡り旧東海道に入った。18:18一本だけ道の脇に生えている名残松<写真34>があった。さらに歩くと18:26旧東海道と県道64号線が交差するところに常夜燈<写真35>があった。濃青が降りてゆく空に名残の夕焼けと常夜燈のオレンジ色が綺麗で、南西の空には金星も輝いていた。

 前もって調べておいたJR関西線の時刻によるとJR富田浜駅18:46発に間に合いそうで日も暮れてきたので駅へ向かうことにした。国道1号線に出たが駅への標識はなく少々迷ってしまい遠回りをした。JR富田浜駅<写真36>に18:41到着。無人駅なのでそのままホームへ入り2分ほど遅れてきた18:46発4両編成の亀山行きに乗車。車内で関駅までの乗車券を購入した。

 19:18ほぼ定刻にJR亀山駅に到着し、到着ホームの向かいで待っていた一両編成ディーゼルカーの加茂行きに乗車した。加茂行きは19:26に出発し、19:32JR関駅<写真37>に到着。朝、車を停めた駐車場に向かい鈴鹿峠を越えて栗東から名神高速道路で帰宅した。

    JR富田浜駅
名残松
<写真34 名残松>
常夜燈
<写真35 常夜燈>
JR富田浜駅
<写真36 JR富田浜駅>
JR関駅
<写真37 JR関駅>
2007.3.17(土)の会計 金額
高速道路 宇治東→
栗東
750円
関駅駅前駐車場 300円
野菜ジュース 105円
レストラン ミヤコ
ミックスフライ定食
1155円
JR富田浜→JR関 570円
高速道路 栗東→
京都南
1000円
ガソリン代 150km 1500円
5380円
累計 12015円
★ 2日目のページに戻る click ! ★ ★ 4日目のページに進む click ! ★

東海道写真集へ

2007年3月23日 記


           
東海道記録へ戻る TOPへ戻る