
![]() <写真1 仁田峠駐車場> |
1999年12月27日夕刻。神戸(六甲アイランド)港発のフェリーに乗船。明石海峡大橋をくぐり瀬戸内海を進む。翌28日早朝、北九州新門司港到着。新門司ICから九州自動車道を経由し、諫早ICで降り、島原半島に入る。国道57号から仁田峠駐車場<写真1>(標高1070m)に11:00頃到着。 | |
| ロープウェイに乗車。11:30山頂駅到着。平成新山溶岩ドームが見えた。登山道には雪があった。歩き出してすぐの所に妙見神社<写真2>があった。石鳥居のあたりで金髪の外人さんとすれ違っただけで他に人はおられなかった。 | ![]() <写真2 妙見神社> |
|
![]() <写真3 国見岳にて> |
妙見神社を出て登山道を進み、国見岳へ向かった。国見岳への分岐を過ぎると鎖場もあった。国見岳<写真3>(標高1347m)に12:10到着。名前の通り眺めがいい。眼下のゴルフ場は箱庭のように見えた。 | |
| 国見岳から来た道を戻り、紅葉茶屋を経て普賢岳<写真4>(標高1359m)に13:20到着。かつてこの地点が最高標高であったが、今では1990年からの噴火によって出現した平成新山(標高1486m)の方がここより高い。しかし、そこは未だ水蒸気が立ち昇り、立ち入り禁止となっていた。 雲仙普賢岳
|
![]() <写真4 普賢岳より平成新山> |
|
![]() <写真5 あざみ谷の神社> |
あざみ谷経由で下山した。途中、簡素な神社<写真5>(14:15通過)があった。火砕流の爪痕を見ながら仁田峠には14:50到着。 このあと雲仙温泉に戻り、雲仙地獄を散策した。この日は九州ホテルに宿泊した。 |
|
| 翌29日、島原半島東側の被災地を見学。土石流被災家屋保存公園と大野木場小学校<写真6>を訪れた。保存公園ではフランスのモーリス夫妻の撮られた火山ビデオが放映されていた。小学校では間近に見える平成新山と火砕流などにより窓ガラスなどが割れたままになった旧跡地があった。 この日は阿蘇垂玉温泉に宿泊し。翌日、阿蘇山西火口からお釜を見て九州中国道を経由し帰京した。 |
![]() <写真6 大野木場小学校> |
|
![]() |
![]() |
|
| 山行記録へ戻る | TOPへ戻る |